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佐賀簡易裁判所 昭和26年(ハ)48号 判決

原告 増田達一

被告 佐賀県

一、主  文

被告は原告に対し金六千七百七十三円二十銭を支払え。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は、被告は原告に対し金九千五百二十八円四十銭を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として佐賀県佐賀郡春日村大字尼寺二千六百十三番地畑四畝十五歩及び同所二千六百十八番地畑三畝二十一歩は原告の所有であるが、被告は原告の亡父訴外増田忠次郎の代から現在まで数十年間にわたり右畑地を借り受け同県農事試験場が農事試験場用地として使用しており、その最新の契約書は昭和十一年四月一日締結されたもので所掲条項は変改を受けることなくそのまま更新され現在に及んでいる。然るにこの借地料を定めた同契約書第七条には「借地料は一反歩につき一ケ年玄米一石六斗(合以下切捨のこと)とし緑肥作は玄米九斗三升六合、裸麦作は玄米六斗六升四合の割合とし、毎年十二月中旬の佐賀郡春日村尼寺における三等玄米売買価格を標準とし現金を以て一月中に支払うものとす」となつているが、被告は昭和二十二年度以降右約定通り支払わず昭和二十五年度においては僅かに金四百九十二円を支払つたのみである。そこで原告は被告に対し右約定通り算出した昭和二十五年度分の本件畑の借地料計金一万二十円四十銭より前記被告が現実に支払つた四百九十二円を控除した残額金九千五百二十八円四十銭の支払を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、佐賀県農事試験場は同試験場規程により明かなる如く各種農事調査、試験、研究等を行いその成果に基き佐賀県農産物の改良増殖を図ることを目的とする技師主事等を以て構成される公務所であるから、その本件畑に対する使用が事実上耕作の観を呈するもそれは右目的達成のための一方法に過ぎず決して耕作自体が目的ではない。従つて本件土地自体は事実農地ではある(原告が本件第一回口頭弁論期日において本件土地が農地であることを認めるといつたのは、この意味においてである)が、それは農地調整法第二条にいう農地即ち耕作の目的に供せられる土地ではなく(前示契約書の表題及び内容よりするも、それは屡々変改の機会があつたに拘らず土地の貸借として維持され農地の小作ではない。それで用語の紛糾を避けるため前記原告が本件土地を農地として認めた点は取消す)、これが使用料も借地料であつて同法にいう小作料ではない。仮に同法の適用を受ける小作料であるとしても、本件契約の当事者の一方は知事であるから昭和二十年法律第六十四号農地調整法施行前小作料統制令の適用ありし昭和十五年同十九年の本件契約の更新に際し本件契約書第七条の規定が、そのまま存置されたことは同法附則第五条第二項により同法にいう小作料についての知事の許可があつたこととなるし、その後同二十三年の契約更新の際なお同様存置されたことは同法第九条の三但書にいう小作料についての知事の許可と認められ、しかも右但書の趣旨は昭和二十五年九月十一日農林省告示第二百七十七号によつても何等変更を受けるものではないから、本件土地の小作料は右契約書第七条所定の額であると附陳した。<立証省略>

被告訴訟代理人等は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

原告の主張事実中被告が原告の所有に係るその主張の畑地を原告先代訴外亡増田忠次郎より借り受け原告主張の契約書の条項にしたがい佐賀県農事試験場において使用して今日に至つたこと及び昭和二十五年度分の借賃として金四百九十二円を原告に支払つたことは認める。しかし同試験場においては縁肥大豆裸麦その他の農作物生産のため本件畑を農地として使用しているのである、即ち一般農地同様農地本来の用法に従いこれを使用し収益しているのであるから試験研究の為であつてもその実農地調整法に謂う耕作の目的に供していることは疑を容れない(農林省の指導上も同趣旨で昭和二十三年農局第二一一五号農林省農政局長通達においても明かである)ので、かかる事実関係における借賃は同法所定の小作料に外ならない。それで被告は昭和二十二年度乃至同二十四年度は同法第九条の二第一、二項同法施行令第十二条による昭和二十一年農林省告示第十四号所定の玄米一石当七十五円の換算基準に随い本件畑の小作料を一ケ年金九十八円四十銭と算定して原告に支払を了し、同二十五年度分においては同法第九条の五に基き改定された同二十五年九月十一日同省告示第二百七十七号により本件畑の小作料を一ケ年金四百九十二円と算定して原告に支払つたものである。被告はこれ以上原告に支払うべき義務はないので本訴原告の請求に応ずることはできないと陳述し、原告の仮の主張に対し本件契約の主体は地方公共団体としての佐賀県であり、農地調整法にいう都道府県知事は国の行政機関である。従つて同法に定めた許可行為には同法施行令第十三条及び同法施行規則第十五条の手続による行政処分が伴わなければならないが、本件においてはかかる行政処分は存しないので本件契約書第七条の存置する一事を以て直ちに同法にいう知事の許可ありたるものとみることはできないし、また小作料統制令施行当時も原告において本件小作料につき同令に基く許可認可を得たことはないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

佐賀県佐賀郡春日村大字尼寺二千六百十三番地畑四畝十五歩及び同所二千六百十八番地畑三畝二十一歩が現在原告の所有であり、被告が原告の先代訴外亡増田忠次郎の代から右両地を借り受け、佐賀県農事試験場においてこれを使用して現在に至つていること及び右使用関係が昭和十一年四月一日貸主右訴外人借主佐賀県知事間に締結された土地貸借契約書(成立に争ない甲第一号証)に基くものであることは当事者間に争なく、該契約書の諸条項がその制定以来今日まで何等変改を受けることなくそのまま更新され来つたことは当事者弁論の全趣旨に徴し明かなところである。しかるところ原告は右両地の使用関係は民法所定の土地としての賃貸借であるからその使用の対価は一般の借地料で当事者の合意を以て定められた額又は率即ち前顕契約書第七条の規定に基き算出せらるべきであると主張するのに対し、被告は右は農地調整法に謂う農地としての小作契約であるからその使用の対価は同法第二条第二項に定めた小作料で同法第九条の二第一項第二項又は第九条の五第一項、同法施行令第十二条第一項に基き農林省告示を以て公示される農林大臣の指定し或は改定した価格によるべきものであると抗争するのでこの点について判断する(尤も原告は当初本件土地が農地であることを認め被告においてこれを援用しその後原告において右主張を訂正するに至つたが、被告はこれに対し敢て異議を留めないしまた原告の前敍主張が本訴請求の維持に対して不利な陳述とは謂えないので仮令相手方においてこれを援用したとしても裁判上の先行的自白と称することはできない。右主張の撤回それ自体はこれをなしうるものと解する)。さて農地調整法第二条第一項には「本法において農地とは、耕作の目的に供せらるる土地を謂う」とし同条第二項において「本法において小作料とは耕作の目的を以て農地が賃借せらるる場合における借賃を謂う云々」と規定しているのでこれを本件について按ずるに、当裁判所のなした検証の結果に証人山下義夫の証言の一部を綜合すれば、本件両地は佐賀県農事試験場用地の一部をなし同試験場においては常雇を置き必要の都度臨時雇として人夫を雇い入れ右常雇をして右人夫を指揮して年間順次裸麦大豆につきその収穫に至るまですきかえし、整地、うねたて、播種、施肥、除草駆虫等の手入を実施させている事実を認めることができるので、本件両地使用の実態そのものは一般農地における耕作と事実上格別異るところがないものと謂うことができる。しかしながらこれが使用の目的については、成立に争のない甲第四乃至第七号証に前顕証人の証言の一部を綜合して認められる同試験場が佐賀県農産物の改良増殖を図るため、農産物の改良増殖に関する調査試験研究、農事に関する模範施設、農業経営の改善農産物の加工利用に関する調査研究指導、農用機械器具の試験及び貸与、農業技術の滲透普及、種苗種禽種卵及び農産物見本の配布、土地肥料種苗その他農事上に関係ある物件の鑑定又は分析、農業技術員の養成、農事に関する講習講話実地指導及び質疑応答を行う公務所で本件両地も右事業遂行上の一試験地として特にその旨立札の表示を施し、種子の種類、播種の時期及び方法、肥料の種類分量に種々差異を設けてその成績を験しかくして収穫されたものはすべて原種として県内に配布している事実に徴するときは同試験場は本件両地を自作農創設特別措置法第五条第三号或は第五条の二に特に掲記する試験研究若しくは農事指導或は農業技術の現地指導の目的に供するため使用しているもので耕作(土地に労資を加え肥培管理を施し作物を栽培することによつてその土地の効用を収める経済的行為と解する)それ自体を目的としているものとは謂えないし、また前顕甲第一号証の表題及びその内容特に佐賀県農事試験場用地として本件土地を貸借し(第一条)、該土地の使用方法も借主の任意とし(第二条)、借主において地所の形状を変更し又は建物を建築することをも予想し(第三条)、また借地料として該土地使用の対価を定めた(第七条)諸条項に徴しても契約当事者の締約当時(その後も変改なし)の意思は土地の貸借それ自体であり被告において農地として耕作することを目的とすることは敢て問わなかつたものと窺知し得べく、更に我が国農業民主化の政策に従い従来の地主と小作人間の経済的力の差異が契約自由の原則に出づる民法の規定と相俟ちその間の法律関係(殊に小作料の面において)を極めて不合理不公平に処理していたのを是正するため被告の援用するが如き農地調整法の諸規定が設けられた趣旨と本件契約の両当事者たる私人原告と被告県の経済的地位とを対比考合するときは、本件両地の使用の対価は被告の謂うが如き農地調整法所定の法条の統制に服すべき小作料ではなくて前顕甲第一号証第七条により明かな契約当事者の合意を以て定められた借地料と認めるのを相当とする。乙第一号証は農業技術指導農場につきその買収売渡手続上の行政措置を定めたものに過ぎず前敍認定を拘束左右するものとは断じられない。よつて進んで右借地料の額につき按ずるに公知なる昭和二十五年十二月二十九日物価庁告示第六百十三号第二、同月十八日農林省物価庁告示第十九号により前顕甲第一号証第七条に定めた規準に従い算出するときは昭和二十五年度分の本件両地の借地料は金七千二百六十五円二十銭なること計数上明かなところ、その名義はともかく被告において同年度分の本件両地の使用の対価に充てるため金四百九十二円を既に原告に支払つていることは当事者間に争ないので、被告は原告に対し右七千二百六十五円二十銭より右四百九十二円を控除した金六千七百七十三円二十銭を支払うべき義務あるものといわなければならない。

よつて原告の仮の主張被告のこれに対する答弁については判断を須いず本訴原告の請求は右の限度においてこれを相当として認容し他は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 淵上寿)

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